日本はナゼ長寿国になれたか
日本はナゼ長寿国になれたか
金さん、銀さんの双子の姉妹が白米でも百才を迎えられ話題になり、それ以降百才を迎える高齢者が増え続けています。
医療の進歩、栄養が豊富になったため長寿になったと云われていますが本当でしょうか。
○ 長寿者の子供時代の食生活
・戦前の食生活を考えて下さい。
米は満足に食べることが出来ず、麦、きび、あわ、芋を混ぜて食べていました。
蛋白質が豊富な日本そばを食べていた。自然薯を使った山かけそばは最高。
発酵食品(味噌、醤油、たくあん、梅干し、甘酒など)を摂っていた。
農家では、主食中心で一汁一菜の食生活が多く、腹八分が自然に出来ました。
刺身などは盆正月、祭りの時に少々食べた程度です。
砂糖、蜂蜜は貴重品でおかずにも砂糖を使うことは少なかった。
おやつも砂糖、乳製品が多く入ったスイーツ類は食べる事が出来ず、旬の果物、あられ、おかき、煎餅などを時々食べた程度です。
農薬、化学肥料などはほとんど使用されていませんでした。
食品添加物、成長ホルモン剤、抗生物質など化学薬品も入っていませんでした。
ハウス栽培、水耕栽培、遺伝子組み換え等の農産物もありませんでした。
水、空気等の環境汚染も少なかったのです。
上記のような食生活で元気に生活していた人が長生きしました。
金さん銀さんも農家育ちで貧しかったため、交代で学校へ行き、一人は子守など家庭の手伝いをしていたそうです。
日本の長寿部落、棡原などは山間僻地で地元で採れた農産物を食べていました。
明治時代東北地方では、飢饉で米が取れず大根飯など極端な少食に追い込まれていた時でも飢餓で亡くなる人は少なく、元気に働いていました。
○ 長寿者の子供時代の生活環境
その当時は、木造家屋で隙間風が入り火鉢があった程度です。寒い地方はいろりがあったようです。
田舎では浴場、トイレが建物の外にありました。
日本間で畳みで座る生活、トイレも和風で足腰が鍛えられました。
良く歩き、農作業、土木工事で体を良く使っていました。
洗濯板で洗濯、掃除は雑巾がけで足腰を鍛えることが出来ました。
上記のような生活環境で暑さ寒さ、ひもじさ、忍耐力を鍛えられました。
桜沢如一先生の丈夫な子育て「三つ児の魂百まで」、要するに「3才までに3分の飢えと暑さ寒さ、忍耐力を体験させなさい」と話されていました。
現在80才以上の人達の子供時代は、上記のような条件で血液循環がよく元気に働けました。
働き盛りの生活習慣病、がん、心臓病、高血圧、躁鬱病、腰痛、関節炎などは少なく、インフルエンザの流行、花粉症、熱中症はありませんでした。
四十腰、五十肩で分かるように動脈硬化は40代以降に始まり、50代に入り男性は前立腺肥大、女性は更年期障害になり、白内障、脳疾患も50代以降から増えていました。
但し、カロリー不足で20才前後の青年に肺結核が多かったのです。これは芋類など陰性食品を摂りすぎが原因のため、陰性食品を控え、主食中心で鉄火味噌とか野菜の天ぷらを食べれば予防が出来、治すことも出来ます。
戦時中、戦後間もなくの食養指導者、先輩は肺結核を患い食養を実践し治した人が多いのです。ハンセン病も同じような食生活で改善出来ます。
○ 長寿国になれた要因?
一般には医学の進歩で乳幼児が亡くなるのが減少し、肺結核、赤痢、腸チフスなどが少なくなったために長寿になったと言っています。
確かに乳児の死亡は少なくなったが、流産、死産を含めて集計するとそれ程大差はないでしょう。
終戦前後までは流産が少なく、子供を抑える願いから末子、トメ子、末男などの同級生がいました。
現在は流産が大幅に増え、受胎出来ない人も多く、人工授精、体外受精の希望者も多くなっています。それだけ若い人達の体力が落ちています。
もう一方の抗生物質、ワクチンなどの医薬品が進歩し肺結核、赤痢、ハンセン病などが少なくなったと伝えていますが、薬で抑えることにより、耐性菌が出来、より強い細菌、ウイルスに変化し、耐性菌による院内感染が毎年起こり、鳥インフルエンザ、サーズ、今回の新型コロナウイルスが発生しています。
また、以前は、芋類、果物、甘い物などを食べ過ぎた人が、血液を溶かしたり、薄めた為に、肺結核、赤痢、ハンセン病など顔色が青白い陰性な病気になったのです。
しかし、現在では動物性食品を食べ過ぎ血液を酸化させ、インフルエンザ、エイズ、エボラ熱などの高熱が出る感染症が増えています。
その他がん、心臓病、腎臓病、糖尿病、躁鬱病などの神経疾患、各種のアレルギー疾患、認知症、難病などの慢性病が増えています。
その意味で感染症など全ての病気を医薬品で抑え込むことは出来ません。病気の姿を変えて新しい病気を作り出しています。
医療の進歩で病気が治れば健康保険が黒字になり、保険料の値下げが出来ます。
しかし、現実は赤字で保険料が上がっています。
新型コロナウイルスでは医療費、防護服、マスク、消毒液などの費用で赤字が大幅に膨らむでしょう。
それ以外に各種の補償費を気楽にばらまいていますが、その多くは借金で賄うため、今後税金で返済することになり、子孫に付けが回ります。
〇 長寿者が増えたのは環境の変化
住居が良くなり隙間風が入らないし、トイレ、風呂も家の中にあり、しかも冷暖房が整った事が、高齢者が増えた大きな要因です。
昔は家で世話をしていたが、有料老人ホーム、養護老人ホームに入所させ、行き届いた世話を受けて長寿につながっています。
手術、人工透析、臓器移植、流動食・胃ろうによる栄養補給、心肺装置などで延命工作に貢献していますが、健康寿命を大幅に下げる要因になっています。
老人ホームを廃止し、住まいなど生活環境を昭和20年代に戻し、食生活は現在の美食飽食を続けると高齢者は大幅に少なくなり、平均寿命が大幅に下がります。
〇 ナゼ健康寿命が大幅に短くなったか
平均寿命より男性は約10年、女性は13年近く短い。
せっかく暑さ寒さ、ひもじさ、忍耐力の時代に育ち、質素な食事でよく働いても、食品が豊富な時代に入り、動物性食品、甘い物、果物、コーヒー、清涼飲料水、アルコールなどをたっぷり食べた人が生活習慣病、心臓病、脳梗塞、足腰の衰えなどで寝たきり状態、認知症などになり介護を受ける人が増えています。
また、農薬、化学肥料、食品添加物、人工甘味料、ワクチン、抗生物質など医薬品で免疫力を低下させています。
もう一つ、過剰な冷暖房、生活の洋風化(イス・便座生活)で足腰を鍛えることが出来なくなり、返って抵抗力を弱めています。
掃除機、洗濯機などを使用し運動不足になっている人もあるでしょう。
その人達の医療費、介護費用を若い人達が負担しています。これ以上介護を受ける人が大幅に増えると若い人の働く意欲が無くなる恐れがあります。
妊娠中・子供時代から美食飽食、暴飲暴食で育ち、子供時代から動脈硬化が進むと大人になっても働けない人が増え、しかも少子化が進み高齢者を支える人が極端に少なくなり国が滅びます。
それよりも子供の動脈硬化が多くなると30~40年先には平均寿命、特に健康寿命が大幅に下がるでしょう。
〇 健康な若々しい老後
動物性食品、甘い物、果物、コーヒー、清涼飲料水、アルコールなどを普段より5~7割減らす。
動物性食品を食べる時には、同時に3倍以上の野菜、海草を食べる。
特に60才以降は少食にする。腹八分医者いらず、腹六分老い知らず。
体質・症状に合った食養を実践するのが最善です。
農薬、化学肥料、食品添加物の入った食品をなるべく避ける。
ワクチン、抗生物質など医薬品などもなるべく避ける。
特に痛み止めは体質を悪化させ病気を奥に押し込めます。
アレルギー疾患の薬も同じです。
心身共に健康になれば感染症が流行しても不安感、恐怖心もありません。
動物は空腹に強く、満腹に弱い。悔い改めるより、喰い改める事が大切です。 家庭で主食、野菜中心の料理を作って食べ、1日1回お腹を空かせると感染症予防になり、すべての病気予防、改善になります。
正岡子規はナゼ短命だった?
・「長生き」したければ、食べていけない 船瀬俊介著より
『仰臥漫録』は、まさに子規の病、膏肓に入った最晩年期の日記である。死の前年、明治34年9月2日から筆をとっている。「仰臥」とは仰向けに寝ること。寝返りも独りではままならぬほどカリエスの病状は進行していた。そこで、仰向けに筆をとって日常雑記を綴り、さらに作句、作家に励んだのである。
この日記は、国文学の記録として第一級であることは言うまでもない。もう一つ。じつは栄養学としても第一級の資料となり得ている。それは、ただただ皮肉であり、無残無比の記録というしかない。無知の涙という言葉がある。
子規は病床で、時に業苦に悶え、呻吟し絶叫。
彼は栄養学に無知だった。何を食うべきか? 食わざるべきか? どれだけ食うべきか? 食わないか? 彼は、生涯に渡ってとんと無知だった。
・9月3日の食事
朝 ぬく飯2椀、佃煮梅干。牛乳5勺ココア入、菓子パン数個。
昼 粥3椀、鰹の刺身、味噌汁1椀、煎餅3枚、氷レモン1杯飲む。
夕 粥2椀、わらさ煮旨からず。三度豆、芋2.3、鮓少し、糸こんにゃく。
その他に梨、りんご、柿、ぶどう、煎餅などを食後とか間食で食べていた。
刺身はほぼ毎日、その他鰻、鮓、西洋料理などを食べていた。給料の半分以上を子規の食費に充てられていた。という。
野生の動物も怪我をすることはある。病に襲われることもある。そのとき、かれらはどうするか?巣穴にこもって何も食べない。じっと静かに横たわり、心身を休める。
まず「食べない」。これが最も肝要である。食を絶つことで、消化吸収に向けられていた生命エネルギーが、すべて治癒エネルギーに転化される。
以外に知られていないが、人間が消化吸収に費やすエネルギーは、42.195㎞のフルマラソンを走破することに等しいエネルギーを消費すると、いわれている。治癒エネルギーとは、自然治癒力に他ならない。「食べない」だけで、治癒力は格段に向上する。その典型は免疫力であろう。断食ににより免疫力は数倍から数十倍に激増する、という。
記録によれば、看護に当たった母親と妹の食事は、子規とはまったく別膳であった。まさに薄暗い台所の片隅での一汁一菜の粗食に耐えた。
その粗食、少食ゆえに、母も妹も長寿をまっとうしたという。
妹、律に対して子規の独日記がある。
「一品あれば妹の食事は終わるなり」
※ 食べない利点は、食べることにより老廃物が出来るが、食べなければ老廃物が出来ないだけでなく、その間排尿、排便、呼気、皮膚呼吸などにより老廃物を排泄し血液がキレイになり免疫力、自然治癒力を高めます。
食養では、体力が無い人は、普段の1/2~1/3の食事量に落とし、最低限の栄養補給をしながら体質改善をします。
母や妹は膿を拭き取るため包帯の取り換え、垂れ流しの排泄物の処理で介護に追われても質素な食事だったから元気に働け長寿でした。
滋養物を病人に食べさせると病が治ると思い込んでいたのが間違いでした。また、子規は自分一人が豪華な食事を食べ、母、妹が質素な食事で介護して貰っても平然としていたことが問題です。